モフモフ社長の矛盾メモ

ヒゲとメガネとパンダと矛盾を愛するアーガイル社のモフモフ社長が神楽坂から愛をこめて走り書きする気まぐれメモランダム

草薙素子と攻殻機動隊のはじまりの物語 ~ 攻殻機動隊ARISEプレミア試写鑑賞記

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今から3週前、2013年5月24日、金曜の夜20時。
週末に沸く六本木ヒルズのTOHOシネマズで、プレミア先行試写会が行われた。
プロダクションI.G石川光久社長、黄瀬和哉総監督、シリーズ構成・脚本の冲方丁(今回の試写会に招待してくれた、僕の高校時代からの友人だ)の3人による舞台挨拶の後に上映された作品は、攻殻機動隊アニメシリーズの最新作攻殻機動隊ARISE -GHOST IN THE SHELL-」

攻殻機動隊ARISE -GHOST IN THE SHELL-

一般劇場公開日(6月22日)より1ヶ月も先取りの公開だった。その後、6月7日のオールナイト攻殻機動隊イベントでも、ARISE一話冒頭の8分間が上映されたが、全編を先行上映したのはまだ、この一度きりだ。

だから予告編で既に公開されている以上のネタバレには注意しつつ、そこで自分が何を目撃したのかを記そうと思う。

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※5月24日のプレミア試写会でもらったパンフレット。

 

それは「はじまりの物語」だった。

「公安9課」= 通称「攻殻機動隊」という、電脳犯罪に対抗する特殊部隊の。
そして後にその部隊のリーダーとなる「少佐」= 全身を義体(サイボーグ)化した一人の女性「草薙素子」の。

舞台挨拶で「なぜARISEというタイトルに?」という質問に対し、冲方丁は「最初は『ビギンズ』などのタイトルも考えたが、それは既にある、と言われたので、『起ち上がる』という意味のARISEにした」と答えた。

おそらく「バットマン・ビギンズ」のことだろう。かつてティム・バートンらが監督し、ファンタジー色の強かった「バットマン」シリーズを、社会的なテーマを扱う人間ドラマとして再生させ、その後の大傑作「ダークナイト」への序章となった、クリストファー・ノーラン監督の作品だ。

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人気作品の新シリーズを始める上で、主人公の生い立ち、ヒーロー誕生の謎を描く「エピソード・ゼロ」からスタートする、という意味では本作と近いものがある。

だが、自分は今作を観て、もうひとつの「はじまりの物語」を描いた映画シリーズを強く連想した。それは、世界的な人気シリーズ「007」のジェームズ・ボンド役をダニエル・クレイグに替えて、イメージの一新に成功した一作目「カジノ・ロワイヤル」だ。それは、完全無欠のヒーローがまだヒーローになる前の、自信過剰なくせに抜けていて、手際が悪く泥くさくて、でも人間らしい不完全な姿を描いたストーリーだからだ(草薙素子は正確には「ヒロイン」だが、「英雄」という意味合いでは「ヒーロー」が近いと思う)。

カジノ・ロワイヤル [Blu-ray]

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攻殻機動隊」においても、「バットマン」「007」と同様に、人気シリーズを新しく生まれ変わらせるという責任の重さ、ファンの期待とプレッシャーの重さは並大抵のものではなかっただろう。その意味で、本作の第1話はそれらの重厚を軽やかに跳ね除ける、完璧とも言えるほど見事な「はじまりの物語」に仕上がっている。

はじまりのはじまり

攻殻機動隊ARISE」の第1話「border:1 Ghost Pain」は、雨の中で静かに幕を開ける。

「その棺を開くな!」
荒々しい言葉と裏腹に幼さすら感じさせる表情でひとり、銃を向ける草薙素子に、荒巻が静かに問いかける。
「……軍の人間か?」
「501機関所属、草薙素子三佐」


「攻殻機動隊ARISE」本予告0511 - YouTube

公安9課発足以前の草薙素子は、まだチームを率いていない。かと言って一匹狼でもない。彼女が所属する「陸軍 501機関」は「サイボーグ部隊の育成と運営を主とする陸軍所属の特殊機関」だ。素子は501機関の管理下に置かれた存在であり、その全身義体の肉体さえも、言うなれば501機関に所属する「備品」なのだ。

その不自由な立場ゆえに彼女は憤り、不満をもらし、ときに塞ぎ込み、独りで暴走する。その姿は、後のシリーズで豪腕の少佐としてチームメンバーを引っ張り、様々な事件を知略と力押しで解決していく最強のハッカーではない。そこにあるのは、不甲斐ない少女の自分から脱皮しようともがく一人の女性の姿だ。

自己の存在に悩み、孤独で、迂闊で、粗暴だが力は足りない、そんな不完全な草薙素子が、前髪を額で切りそろえたスタイルに象徴されるような、気の強い少女のような姿で描かれている。

本作の制作発表後、シリーズのファンの中には不安の声を上げる者も見られた。その主な理由は、草薙素子の外見が大きく変わってしまったことと、声優陣の総入れ替えだろう。確かに、今作に登場する草薙素子は、不敵な笑顔を浮かべつつ男勝りの腕力を振るう「メスゴリラ」の少佐とはおよそ同一人物とは思えない、前髪パッツンの初々しさの残る少女の姿だ。しかし、それは当然のことで、本作は彼女が公安9課の少佐としておなじみの義体に乗り換える前の姿を描いているからだ。義体が変われば、顔も声も変わる。それは、わかる。しかし……。

不安は消えた

正直自分も、正面向きで無表情に直立するキャラクター設定画を観た段階では、これはイマイチなんじゃないか?もっと言えば、美しくないんじゃないか?と思っていた。だが、動く映像を観て、その評価は一変した。今回の草薙素子は、若さゆえの荒々しさと初々しさ、そして時に弱々しさを合わせ持っている。旧作の素子が「強く美しい女性」だとしたら、今作の素子は少女性を残した「一所懸命で可愛い女性」なのだ。

今回、若き日の草薙素子の(義体の)声を演じる坂本真綾は、初代の劇場版「攻殻機動隊」でも、少女の義体に移された素子(通称:コドモトコ)の役を演じていた。違和感は無い。バトー他、公安9課の面々のキャストが変わったことも、シリーズのファンにとっては不安材料だと思うが、自分が聴いた限りは特に違和感は感じず自然なものだった。それよりも、血の気が多い若きバトーと素子の邂逅シーンが見られることの方が、シリーズのファンに取ってはご褒美なのではないだろうか。

散りばめられたオマージュ

他にも、本作の作中には、今までのシリーズのファンなら思わずニヤッとするような見覚えのあるカットや小ネタが多々含まれている。それらは設定、セリフ、動作、そして画面の構図などに多数あらわれる。タチコマフチコマ)の先輩?に当たる思考戦車「ロジコマ」が登場するのも、ファンにとっては見どころのひとつだろう。

余談になるが、このロジコマの巨大フィギュアが、六本木ヒルズのプレミア上映会やオールナイトイベントの会場にもひょっこり登場していた。しかし、帰るときには見えなくなっていた。たぶん、光学迷彩で隠れていたんだと思う。

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また、冲方ファンにとっては、マルドゥック・スクランブルなど、彼のSF作品とのテーマやモチーフの類似性の点でも妄想を膨らませられるかもしれない。
また、これは勝手な思い込みかも知れないが、本作に登場する少女型ロボットの顔貌のメカデザインは銀河鉄道999の「機械伯爵」を連想した。そう言えば999もまた、機械の身体となり永遠の生を得ることの是非を問う物語だった。

進化とは振り子のように行きつ戻りつ進むもの

少し前に、Production IGの石川社長とお話をさせていただいたことがある。パトレイバー(特に劇場版の2)や攻殻機動隊の大ファンだったから、思わず興奮気味に作品についての想いを語ってしまった。そんな中で、何気なく言った言葉に石川社長が意外な反応をした。

その時にお話したのは、確かこんな内容だった。

「進化とは、振り子のように行きつ戻りつ進むものだと思うんです。未来だからと言って、全てが一気に変わってしまうということはない。例えば、30年前と比べて現代の生活は、パッと見それほど変化はない。チューブの中を車が飛んだり、皆がメタリックなツナギを着たりしてるわけでもない。ただ、皆が持っているスマホの中身やネットだけは、異常に進化している。変わり続けているように見えるファッションの流行も、正反対の“モード”を交互に繰り返しているだけ。でも、すごく引いた視点で見ると、表面的な激しい流行に比べると緩やかな動きだけれど、確実に変わって行っている。たぶん、数百年経っても、日本人は大晦日には紅白歌合戦とゆく年くる年を観ながら年越しそばを食べるし、正月には初詣したりお雑煮とか食べてるんですよ。その紅白が流れているテレビとか、お雑煮を作る調理器具は、もの凄く進化した機械だったりするかもしれないですけど」

どのあたりが「士郎正宗さんと一緒」だったのかは、よくわからない。おそらく「進化とは一気に進むものではない」というところだと思う。攻殻機動隊のシリーズでも、毎回その舞台となる町並みや社会風俗の描写が気になる。

押井監督の映画版で描かれたのは、上海や香港のように無国籍ながらオリエンタルで雑然とした雰囲気を残す都市だった。神山監督のS.A.C.で描かれたのは、住宅街あり、団地あり、田んぼありの、ノスタルジックとも言える町並みだった。先日のトークイベントで、神山監督は「舞台として田んぼも描く、と言った時には反対意見もあった」と述べていた。それでもなお旧いものを描いたのは、やはり「いかにもな未来都市像」に違和感を感じていたからではないだろうか。

Google GLASSのような電脳メガネが万人に普及した未来世界を描いた名作アニメ「電脳コイル」でも、進化は部分的なもので、ノスタルジックな町並みのままだった。高度な技術が当たり前のものになろうが、人々の生活は変わったりしない。昔を懐かしんだり、未来に夢を馳せたり、行きつ戻りつしながら進むものなのだ。その螺旋の構造は、繰り返しつつ変化していくテクノのブレイクビーツにも似ている。

音楽もまた素晴らしい

音楽は、コーネリアス小山田圭吾)。川井憲次菅野よう子というアニメ音楽界の大御所のあとに起用されたわけだが、本作の音楽について、コーネリアス節全開のオシャレなオープニング・テーマだけを聴いて判断するのは危険だ(これもいい曲なのだが)。劇伴、つまり劇中の音楽が本当に素晴らしいのだ。


攻殻機動隊 ARISE OP - YouTube

神々しさすら感じる劇場版「攻殻機動隊」の川井憲次の楽曲や、熱さとクールさを使い分けて人間ドラマを盛り上げる「S.A.C.」シリーズの菅野よう子の楽曲にも、優るとも劣らない出来だ。原点回帰としての「電脳らしさ」を感じさせるテクノポップの王道とも言える音作りと、本作の草薙素子にも似た若々しい勢いを感じさせる楽曲群は、シンボリックでありながら自然で、まさに今作のテーマにぴったりだ。

伝説は、ここから始まる

1話はSF的なケレン味やサスペンスの要素がありつつも、「はじまりの物語のはじまり」にふさわしいような、どっしりと安定した出来だった。トークイベントでの冲方丁の言葉によると、2話は激しいアクションが見どころで、3話には黄瀬監督さえもあっと驚いたような仕掛けが用意されているらしい。

攻殻機動隊ARISEは、6月22日から劇場公開だ。
これから語られていく、最も古く、最も新しい攻殻機動隊の物語に、今からわくわくしている。

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